どうして僕達は大人になってゲームを心から楽しめなくなったんだろう
こんばんは、明石照秋です。今日太っている人に「ひざって10回言って?」って言われて、言ったあとに「じゃあここは?」で「ピザ!」って言ってしまいました。ごめんなさい。わざとです。
今日はタイトルの通り、ゲームについての話題です。なぜ?といったタイトルですが、最後に答えを用意しているわけではありません。ただ自分が思っていることをつらつらと書いています。
親父の影響か、自分は小さいころからゲームが本当に好きで、自慢じゃありませんが3歳の頃からゲームをやっていたそうです。ジャンルもいろいろで、アクション、シミュレーション、RPG、なんでもやっていました。
当時はファミリーコンピューターの時代で、カービィやマリオは当然、信長の野望やファミコンウォーズもやっていました。よく親父や兄弟とやっていたんですが、親父には全く勝てず悔しかった覚えがあります。
小学校に上がった頃にはスーパーファミコンが発売され、誕生日に買ってもらえた時には思わず泣いてしまいました。最初に買ってもらったソフトはマリオカートで、学校から帰ってきて寝るまでずっとやっていました。
その後も、ドラクエやFF、ファイアーエムブレムなど有名どころは全部やりましたし、誰も知らないようなマイナーなゲームもたくさんやりました。小学校の思い出は?と聞かれたらゲーム!と即答できるほどです。
高学年の頃にはニンテンドー64が発売され、大乱闘スマッシュブラザーズがめちゃくちゃ流行りましたね。学校が終わったらコントローラーを持って、誰かの家で6時頃までずっとやっていました。1人が勝ち過ぎるとリアル大乱闘が勃発したりしました。
うちは3人兄弟で、みんなゲーム好きだったんで一人用ゲームを買ったときとかはケンカが絶えなかったですね。やれ次は自分の番だ、まだちょっとしかやってないとか。
とにかくゲームが大好きでした。イベントで買ってもらったゲームを次のイベントまでずっと楽しんでいました。自分でゲームを買うお金なんか無かったので、それしか選択肢がなかったんです。
今、自分は大人になって社会人になり、ある程度お金の自由ができました。その気になれば1ヵ月で5、6本のゲームを買うこともできます。子供の頃だったら大喜びでゲーム屋に行って好きなゲームを片っ端から買うことでしょう。
今でもやりたいゲームはたくさんあります。また実際に買ったゲームもたくさんあります。ただそれらは部屋の隅で「積まれて」います。
時間がないから?そんなことはないです。今だってこうやってブログを書いていますし、ピアノだって弾いています。その時間をゲームをやる時間にあてれば、積みゲーを一気に消化できるでしょう。それ以外にも無駄な時間を削ればゲームをやる時間ぐらいある程度作れるでしょう。
でも自分は今、そうしていません。そうしてまでゲームをやる気にならないからです。
さらにいざやってみるかと手をつけても、ゲームクリアまでやり切ることはほとんどありません。途中で飽きちゃうんです。子供の頃は1回どころか、5回、10回とクリアしていたのに。
なぜなんでしょうか。大人になったら自分のお金でゲームを買いまくってやりまくるって夢があって、今それを実現できるような状態なのに。
探せばいろいろ理由をつけられるでしょう。仕事で疲れているから、ゲームの質が下がったから...。
でもそのどれも違う気がするんです。疲れていても他の趣味はいくらでもできるし、ゲームは技術の進歩によってどんどん進化しています。
最近、単純にゲームへの熱意が薄れてしまったんじゃないかって思うようになりました。執着心とでも言うのでしょうか。ゲームを買うまでが楽しみのピークで、いざ買ったら積んでしまう。
ゲームをやっている途中でもついつい他のことを考えてしまって、ゲームに熱中できなくなってしまったんですよね。明日の仕事がどうとか、今日中にこれやらなきゃとか。
今でもゲームに「ハマってる」人はたくさんいます。逆にいい大人がゲームなんて、って思う人もたくさんいるでしょうし、実際世の中全体がそんな風潮になってきていると思います。殺人事件が起こればゲームとの関連がどうだとか報道されますし。
でも自分はそんなゲームにハマっている人たちが羨ましいです。だって子供の頃、ゲームが本当に楽しかったから。あの気持ちで今でもゲームができたらどんなに幸せかと思います。
この話を周りにすると大人になったんだよって言われますが、昔は楽しかったことを楽しめなくなるのが大人になるってことなら、自分は大人になんかならなくてよかった。
なにを馬鹿なことを言ってるんだって思われそうですが、自分の正直な気持ちです。
大人になるって、大変だ。